脳梗塞で倒れた80代半ばの父は回復できたのか?入院期間中の記録 | 【暮らしの音】kurashi-*note

脳梗塞で倒れた80代半ばの父は回復できたのか?入院期間中の記録

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高齢者との暮らし

父が重度の脳梗塞で緊急搬送されました。

コロナ禍で面会もままならぬ中、父の状態がわからずやきもきする日々。

脳梗塞って一体どんな状態?

果たして父は回復するのか?

不安は募るばかり。

家族が脳梗塞で倒れ、面会もままならぬ中、どんな状態なのか心配している方に、父のケースをお伝えすることで、少しでも参考になればと。

勿論、個人差があることは承知しています。

脳梗塞を発症したとき父は85歳。病院で86歳の誕生日を迎えました。

86歳の父が約5ヵ月強の入院でどこまで回復し、どんな状態で退院に至ったのか。

同じ状況でやきもきしているご家族の方の参考となり、また心が軽くなる方がいてくれたら幸いという気持ちで父の経過を記しました。

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2回目の脳梗塞で緊急搬送された父

2021年11月に、軽い脳梗塞で約10日間の入院を余儀なくされた父。

幸い軽度な状態だったので、翌日には父からバンバン携帯電話がかかり、元気な声を聞かせてくれました。

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退院後はいつもの日常が戻ったかのように思えましたが、今思うと多少の麻痺が残り、手のしびれなどあったみたいです。

そして、その2ヵ月後の2022年1月25日に朝食後突然バタンと倒れた父。

症状からして脳梗塞だということは私たち家族でもわかりました。

救急車で運ばれ、1駅先の救急病院に搬送。

そのときの様子はこちらに書いています。

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担当医師からは

  • 右片麻痺
  • 失語症
  • 嚥下障害

が残ると言われ、

出血した場合、肺気腫があるため手術すると植物状態になる可能性もあると宣告。

集中治療室で抗凝固療法と抗血小板療法を行い、血行再建の処置が行われました。

処置後に主治医から状態の説明と経過報告の連絡があったものの、それっきり何の連絡も入らずやきもきする日々。

1週間後、ようやく看護師さんから集中治療室から一般病棟に移ったという連絡があり、安堵しました。

一般病棟に移ってから週1回のWEB面会が可能となり、搬送されて2週間目にようやく父の姿を見ることができました。

入院1カ月目の様子

入院1か月目の父の様子は、本当に回復できるのか不安な状態。

鼻に管を通され栄養補給。ほぼ寝たっきり。

しかし後半からは呼びかけには応えてくれるまで回復。

2月8日(入院から14日目)

WEB面会

父が搬送されてはじめてのWEB面会。

父の鼻には管が通されてあり、鼻をガーゼで覆った状態。目もうつろで呼びかけても応えず、終始うとうとしていました。

それでも父が一命を取り留め、植物状態でないことに安堵。

看護師さんの話によると、足は右で支えられずカクっとなる状態。食べものも鼻から管で流しており、排泄はおむつ。

呼びかけには応え意識はあるようです。

2月14日(入院から20日目)

脳の出血は治まり、再発はしていないとのこと。

呼びかけには応えるが、理解力がない様子。

目を開ける時間は長くなったものの、右の麻痺と嚥下(えんげ)障害のため現在も鼻から管を通して栄養を与えている状態。 口から食べものを食べるのは現時点では難しく、恐らく3ヵ月から半年はかかるだろうと。

自宅での治療は難しいため、入院期間がそれくらいかかることは覚悟しておいて欲しいと告げられました。

2月19日(入院から25日目)

WEB面会

大きな声で呼びかけるも、うとうととした状態。前回面談したときに比べじゃっかん顔色が良くなったように思えました。

しかし依然として傾眠状態。

次女が大声で
「じぃじぃーーー!!」と呼びかける声に反応したように見えました。

モニター越しに看護師さんが次回の訪問時に運動靴を持ってきてくださいと言った。

びっくり。

聞くと、リハビリのために使うそう。
父は歩けるのか?

そう聞くと、「その訓練を始める予定です」と。

今、私たちがモニター越しに呼びかけていることは、きっと本人には伝わって理解はされていると思いますよ。という温かいお言葉に涙。

2月24日(入院から1ヵ月)

父の顔色はよく、看護師さんからミトンみたいなものを受け取って自分で手にはめている様子が映し出される。

おおおお、回復してる?

よく見ると動いているのは左手だけど、寝たっきり状態と思っていただけに進歩、進歩!

車椅子を自分で動かしている様子も見れた。

入院2カ月目の様子

脳外科からリハビリ病棟へ移動しました。

呼びかけには応え、やや認識している様子。

WEB面談ではなく、リアルで面談できたことがきっかけとなり、父は私たち家族を認識して涙を流すようになりました。

呼びかけに対して「はい。」と言えるようになった時期。

3月1日

父、脳神経外科からリハビリ病棟へ移動。

看護師さんから電話があり、声は出せないけれど呼びかけには応え、笑ったりするらしい。

笑う?

凄い、凄い進歩じゃないですか!!

3月2日(入院から1ヵ月5日)

この日は父の86歳のお誕生日。

病院で誕生日を迎えることになったのですが、家族で精一杯おめでとうの言葉を伝えました。

ちゃんと目の焦点が合い、モニター越しの私たちに左手を振る父。

麻痺していない左手はちゃんと動いているようです。

そして画面は見ているけど、私たちを認識して手を降っているかどうかは不明。

この状態にもどかしさを感じる。リアルで面会できればもっと反応も違うだろう…。

このままモニターだけの面会では、もしかして刺激がなく認知症状が出るのはないかという不安。

実際に認知症状が出る人もいると聞くし。

モニター越しでも会わないよりはいいのでひんぱんに会うべきだね。

3月7日

父が呼びかけに対して「はい」と返事をする。

言葉が出たことに家族みんな感激。

モニター越しの父は前回までと違い、しゃんと背筋を伸ばして座っていました。

また左手を降って画面越しの私たちに「バイバイ」というジェスチャーができるようになっていました。

父の髪が今までにないロン毛になっている。(笑)

散髪はできないのか尋ねると、コロナのため理容師の出入りを制限しているとのこと。

少し髪が伸びると、もみあげのところの髪を触る癖がある父。

気になるのか時おり左手でもみあげの髪の毛を触っていた(笑)

またモニターを手で動かして調整している父。

私たち家族の声がどこから聞こえるのか不思議なのか、パソコンの画面を触り確認しているのかな…。

3月15日(4者面談:父とリアル対面)

リハビリ病棟では月に1回、主治医と看護師、本人、家族1名での4者面談が行われるとのこと。

モニター越しではなく、リアル面談が果たせる。

今後の治療方針などの説明があるため、初回は私が出向くことにしました。

面会室に待機していると車椅子で連れてこられた父。

最初、周りをキョロキョロと見渡していた父でしたが、私が父の顔の正面に立ち、

「わかる?私よ!」と言うと、

私の顔を直視し、一瞬、「あっ」という表情を浮かべたかと思った次の瞬間、うわーっと泣きだした父。

父、私を認識している!!

「大変やったね、頑張ったね。」と言うと

「うん、うん」と頷き涙する父。

私が言うことはきちんと理解している。

言葉は出てこないが、私が言っていることはすべて理解している様子。

このリアル面談のあと、病院側から介護保険の申請を促されすぐに申請。

1ヵ月ほどして認定結果が届き、

「要介護4」を受けました。

3月23日

父の鼻の管が外れ、経口摂取を開始するとの連絡を受ける。

入院3カ月目の様子

  • 意識がしゃんとしだして、家族の顔を認識して泣くようになる。
  • 介助されながら自立歩行が可能になる。

4月2日

リアル面会を果たしたあとの父は、意識がしゃんとしたのか、モニターに映る私たちを見て号泣。すっかり認識して理解している。

3月15日にリアル面会を果たした甲斐があった。

看護師さんが

「娘さん、奥さん、お孫さんが来てくれてよかったですね~」と父の背中をさすると、父はハンカチを左手にもっておいおい泣き出しました。

4月11日

認識しだした父は、相変わらず私たちの姿を見て涙を浮かべる。

「ちゃんとご飯、食べれてる?」の問いかけに

「うん」と涙ぐんで頷く父。

3日後は月に1回のリアル面談。2回目のリアル面談は母に行ってもらうことにしました。

父が最も会いたい人は母だろうから。

それを父に報告したら、

「うん、うん」と涙ぐみ理解できたよう。

手の動きもよくなり、画面越しに見ても少しだけ右手も動かしているように見えました。

泣いたかと思えば、いきなり両手を挙げてグーパーグーパーのジェスチャーを披露し、たまたま近くにあったアラビックヤマトのりのフタを開けるという回復ぶりを披露してくれました。

そしてとろみのあるゼリーを飲んでいる様子を看護師さんが映してくれました。
左手でカップを持ち、ゼリー状の飲み物を飲む父。

この頃、鼻から管が取れて口からの栄養摂取となりましたが、まだドロドロの流動食。
しかし口から食べれるようになって心なしか父の顔色がいいように感じる。

そして看護師さんが傍にきて、歩いてみましょうか?と父を促し、父の脇を持って父が自力で歩く姿をカメラで映してくれました。
このとき介助があるものの、車いすなしで自力で歩いている父!

脳梗塞で倒れてから2ヵ月半。自力歩行が可能に。

4月23日

モニター越しの面会だと最初はピンと来ない父ですが、父の名前を大きな声で何度も何度も呼びかけると、理解できた瞬間に泣き出す父。

「わかる?」と聞くと、うんと頷く父。

「ご飯食べてる?」

「噛めるようになった?」を質問を投げかけるも

うんと頷くだけ。言葉はまだ出てこない。

WEB面談が疲れたのか、近くの看護師さんに

「もういいです」と訴えている父の姿。

もう、終わるんかい!!

(;^ω^)

「もういいです」

なんとなく聞き取れるしゃべりだった。

入院4カ月目の様子

流動食からやわらかめのおかゆにシフト。おかずはミキサーで撹拌したものを食べる。

「はい」と返事はできるが、自分の意思を伝えることができない。言いたいけど言葉が見つからないといった様子。

4月30日

GWで息子が東京から帰福して面会に。

息子の声を聞くとおいおい泣き出す父。
いつもの泣き方とは違い嗚咽して泣く父。

息子に会えたのがそんなに嬉しいかったのか。

よく見ると眼鏡をかけている。

モニター画面もしっかり見えているのか、孫との感動の再会。

そして自分で眼鏡をはめたり外したりできるようになっていた。

5月12日

妹が父のリアル面談。
妹は医療従事者なので私たちと違った見方で父を観察。

歩行は独歩でできるまで回復。
階段は介助があれば登れるということらしい。

食事はおかゆとなり、おかずはミキサーで撹拌したものを食べているらしい。

意識はしっかりしているが、言語化ができていない。
父からの発語は難しいようで、病院側も退院までに言語回復に力を入れてくれるとのこと。

そして来月のリアル面談ではいよいよ退院に向けての話になるので私が行くことにしました。

5月14日

父、「はいっ」と返事できるようになっていた。

「どう、調子は?」と聞くと

何か言いたげだけど、言葉が出てこず。

そして
「はいっ」と言う。

何か言おうとしているのだけど、言葉にできず

結局「はいっ」と言ってしまっている。

こちらが一方的に話し、それに頷いて「はいっ」と言う父との会話。

まだまだ会話のキャッチボールができる状態ではない。

途中で飽きたのか、

「もういいです」と言って病室に帰りたそうな父。(笑)

入院5カ月目の様子

携帯電話で自ら電話をかけれるようになる。ただし会話にならないので「はーーい」と言うだけ。しかし操作できるようになったのは進歩

5月26日

母が面会時に父の携帯を看護師さんにことづける。

すると面会から帰る途中に父から3回も着信があったよう。

さすが電話好きの父…

操作方法覚えていたのかな?

父自身がかけたのか、看護師さんが代わりにかけてくれたのかは不明。

しかしそれ以降、母のもとに父からひっきりなしに電話がかかるという事態に。

話すことができないので、母が

「おとーさーん?」って言っても

「はい」とだけ言ってすぐ切れるらしい…(笑)

6月2日

次女(父にとっては孫)が面会のときに

「私、わかる?」と聞くと、「うん」と言って頷くが、

「私の名前を言って!」とお願いするも、

「うん」と言っただけで言葉は出てこず。

6月16日

退院前の最後の4者面談。

話し合いの結果、6月30日に退院が決まる。

面会室まで父が独歩でやってきた。歩行は出来ている。

言葉は「はい」は言えるが、言いたいことが言葉にならない状態。

これは時間をかけてリハビリしていくしかないが、気になるのは食事の状態。

現在、とろみ剤を混ぜての食事。退院まで残り2週間でなんとかとろみが外せるようにリハビリを行うとのこと。

退院時の回復具合

退院の様子

ここまで脳梗塞で倒れた父の回復具合を記してきましたが、退院1週間前になって思わぬアクシデントが…。

実は父、脳梗塞を発症する2年前、前立腺がんを患っており、ホルモン注射で経過観察をしておりました。

今回入院した救急病院の主治医が前立腺がんを治療している泌尿器科の先生と連絡を取り投薬はしておりました。

ところがホルモン治療は5ヵ月ほど中断した状態だったので、癌が尿道に転移した可能性が高く、おしっこが出なくなりました。

お腹が痛いと訴えた父を見てみると、尿が出ずにお腹がパンパンに張った状態。

尿道にカテーテルを通し、500ccほどの尿が出て、ひとまず痛みは落ち着いたとのこと。

状態をみて、場合によれば管を通したまま退院になる可能性があると告げられました。

結果、1週間では管は外れず、尿道カテーテルをつけたままでの退院となりました。

気になる食事については、とろみはなくなり普通食が食べれるようになっていました。

これはなによりありがたい。

これでまた父と一緒に食卓を囲むことができるし、2階の食堂へ父も自力で上がることができる。

尿道カテーテルについては、これがあることで夜中のトイレを気にせずに済むので、このタイミングでついたことはよかったと思うようにしよう。

まとめ

脳梗塞で緊急搬送されて退院するまでの様子を事細かに書いてみたものの、こんな個人的な記事、読む人いるのかな…と途中で執筆するのを止めようかと思いました。

ただ私自身、父が脳梗塞で倒れたときに一体これからどうなるのだろう?という不安と、本当に回復できるのかという疑問に葛藤する日々でした。

コロナ禍で面会もままならないので、まったく様子が伺えません。

恐らくこんな状況になっている家族も少なからずいらっしゃるのではないかと思います。

そんな方に、リハビリの経過を家族側からの視点で綴った記事があってもいいのかな…と思い書き残すことにしました。

86歳の父がここまで回復できたのは、

本人の努力もさることながら、周りのスタッフの方々の看護・介護があったおかげです。

そして、ふたたび家族との時間を持てる幸運に感謝です。

高齢者との暮らし

ある日突然脳梗塞で倒れた父。要介護4の認定を受け、約5ヵ月の入院を経て無事退院。

在宅で週2日デイケアに通いながらゆっくりと過ごすことにしました。

介護無知な私に降りかかる介護問題や、高齢の両親との暮らしを綴ります。

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